民話のようなもの ※パロディ

 今となっては昔の話。まだこの村が貧しかった頃の話だ。一人の身寄りのない娘がいた。
 娘はどこからともなくやってきた――置いて行かれた、捨てられた赤子で、周りには妊婦もいなかったから、母親も元々この村の者ではなかったのだと思う。同じ時期に子供を産んだような母親たちにお乳を貰って、どうにかこうにか生き延びた。もちろん名づけなど実の母親からされていなかったから、村の者たちが適当に名をつけた。そのうちに娘は育った。
 美しい娘だったらしい。
 肥溜めに鶴と言わんばかりの様子で、それがいっそう娘をよそ者として扱わせた。娘にそれなりに優しい者もいたし、下心を持って近づく男もいたようだが、大概の村人はどこか気味悪がって、大っぴらには邪険にせずとも、娘に関わることをあまりよしとしなかった。
 娘も村の仕事を手伝おうとはするが、簡単なことはさせてもらえても、まるきり任せられることはなかった。とくに大事なことは手を触れることも許されなかった。それでもわずかばかりの飯にはありつけて、屋根の下で眠ることもできた。村の一員とはなりきれずとも、生きていけはした。
 しかし、この村に飢饉が起きた。
 食べるものもあるかどうかというところであった。いや、なかったのだ。
 だから口減らしと言うわけでもないが、娘は村を出ることになった。
 元々居辛かったのかもしれないし、強いて追い出されたのかもしれない。

 娘は他の村に行くでもなく、山へ入って行った。
 山深くには打ち捨てられた庵があって、誰も住んでいないようだったから、娘はそこに住むことにした。
 そうは言っても食べ物もないし、屋根にはどうやら穴が開いていて、そこから雨が漏る。
 山に更に分け入ると、実のなる木を見つけた。近くには滝もあるようだった。途中で獣の住処も見つけたが、捕るすべがないので諦めた。屋根の穴はとりあえず木の皮で塞ごうと、でもどれぐらいの大きさが必要かわからなかったから、剥がせそうな分だけ剥がした。それを籠代わりにして木の実やきのこを運んでいると、草葉の陰に何かがある。
 葉を除けて見ると、それは朽ちた祠のようであった。
 何が祀られているのかは皆目見当もつかない。
 直してやる技を娘を知らなかったので、木の実を数個置いて、その日は庵に帰った。

 食べ物を探しに行ったり、身を清めに行ったりする度に、娘はその祠に赴いた。
 何かしら供えることもあったし、水を掬ってかけてやることもあった。穴は己の庵と同様に木の皮で塞いだが、それはそれで息苦しくなかろうかとも思った。不都合があったら言ってくれと声をかけてみたが、もちろん返事はない。
 祠に触れると、日陰にあるせいかひどく冷たい。

 夜から雨が降り、屋根にまた穴が開いたようで、部屋の隅で水が滴っている。
 どうしたものかと思案しているところに、雨音に紛れて戸を叩く音がする。
 気のせいかとも思ったが、念のため戸を開けると、そこには男がいた。旅の途中らしい恰好をしていた。
 山の中で雨に降られてしまったので、しばらく軒先を貸してほしいと言う。
 外を見ると雨は思ったより激しい。軒下では凌ぐのも難しいだろうと、娘は男を中に招き入れた。中は中で雨漏りをしているが、外よりはましであろう。温かい飯もないが辛抱してくれ、と言うと、男は恭しく礼をした。その男の身体がまるで濡れていないことを、娘はとくに疑問に思わなかった。

 その夜、男にされた行為の意味を、娘はよくわからなかった。
 ただ男の身体がひどく冷たかったので、きっと雨にあたって冷えてしまったのだと、そればかりを考えていた。

 朝になると雨は上がり、太陽が地面を暖めている。
 男も出て行くだろうと思ったが、なぜか出て行かなかった。
 むしろ木の実や野草、獣までも狩ってきて、娘に与えた。
 娘が戸惑いながら感謝を述べると、一宿の恩だ、というようなことを言って、娘と一緒にそれらを食べた。その日の夜も一緒にいた。
 そして次の日も、また明くる日も、男は一宿の恩ということを名目に、食べ物を与えることを繰り返した。
 気づけば雨漏りも直っている。

 男は庵の修繕もしたし、道具も作った。どこからか古い着物も持って来て、衣の綻びも直して娘に与えた。炊事もそつなくこなしたし、洗濯も終わっている。何か作っているかと思えば新しい桶ができていて、綺麗に洗われた瓶に水が汲まれていた。
 何かと娘の世話を焼く。初めの方こそ慣れず居心地の悪かった娘も、徐々にその親切を受け入れていった。
 しかし男がなぜこうまで娘の傍に居座っているのか、娘に構うのか、その理由はよくわからなかったし、娘が聞いても上手くはぐらかされる。
 疑問にこそ思えど、拒むほどのことでもない。
 また娘は知らなかったが、稀に村の男が夜這いの為やって来るのを、男は都度追い払っていたらしい。娘が寝入った頃に、外で睨みを利かせていたようで、その眼がたまらなく恐ろしく、村の男たちは皆逃げ帰った。そして村であの娘は妖と手を結んでいるようだ、やはりこの村に居るべきではなかった、と賢しい顔で触れて回るが、なぜわざわざそんな山奥に行ったのかと問われると、たちまちに閉口した。
 逃げ帰った村の男曰く、暗闇で目が赤く光っているように見えたとのことだ。
 まるで蛇のようであった、身を竦ませる蛙の気持ちがよっくわかった、などと面白可笑しく話す者もいた。

 男があまりに何事も器用にこなすので、娘はふと思い立って、男を連れて二人で山の奥まで行った。
 辿り着いた先には、朽ちた祠があった。
 男ならこの祠も直してあげられるのではないかと思って、どうにかできないかと聞いてみた。
 すると男は、何もしないままにそれは直せない、と言って娘の頼みを断った。
 その答えは娘にとって意外だったと見えて、娘はたいそう驚いた。それもそうだ、男が庵や道具を繕う姿を何度も見ているのだから。
 男はそれだけは自分では直せない、と重ねて告げて、娘にこう言った。
 ――直せはしないが、また何でも良いから、その手で何かを供えて欲しい。
 娘は腑に落ちないながらも、その依頼には承諾した。男は少しだけ笑ったように見えた。
 しかしこの男の前で、祠に参ったことがあっただろうか。なかったように思う。それなのにどうして男は、自分がよくこの祠に木の実やら水やらを供えていたことを知っているのだろうか。
 娘は不思議に思ったが、男に手を引かれて庵に戻った。
 もしかしたら、男にその様子を見られていたのかもしれない。隠れて通っていたわけでもなかったから、きっとそうなのであろう。

 幾許かの年月が過ぎた。

 男と共に生活することにも慣れ切った頃、急に男が、これを飲むように、と言って何かを差し出してきた。
 赤い実をすりつぶしたもののようだった。水面に実の皮のようなものが浮いて見える。
 娘は言われるままにそれを口に流し入れた。よく噛めと言われたのでよく噛んだ。ただ木の実を食べるよりも甘く感じた。
 そうしている間に視界が暗くなった。男の手で目を塞がれたらしい。
 お眠り、と言われたことだけ娘は覚えている。

 気づいたときには、娘は外にいた。
 外とは言っても知らない場所である。いつもの庵の近くではない。いや、辺りを見渡してみると、知った場所のような気もする。
 太陽が心地よいくらいに柔らかく輝いていた。
 足音がして、背の方に振り向くと男がこちらに歩いてくる。
 ここはどこかと尋ねてみると、男はその問いには答えなかった。
 かえって男から、元の場所に戻りたいかと尋ねられる。
 咄嗟に戻りたいと答えようとしたが、よくよく考えると元の場所にさほど執着はない。
 生きていけるならどこでもよかったし、今となっては。と、娘が言葉に詰まっている間に、数日は出す気はない、と男は言った。
 ――村の男を数人殺した。
 ――このままだとおそらくお前が捕らえられてしまう。
 ――それだけは避けたい。
 娘はどこかに匿われているらしかった。男の意志で。わたしのために、この人はそこまでしてくれるらしい。
 なぜ男が村の男たちを殺したのか、娘はその考えに辿り着けなかった。頭の中がぼうっとしてきたからだ。
 けれども目の前の、今まで共に暮らしてきた、雨の夜に突然現れたこの男に対する、感謝の念や親愛の情ばかりがはっきりとこみあげてくる。
 男が再び、元の場所に戻りたいかと尋ねる。
 ――あなたがいてくれれば、それだけで良い。
 そう言った声が娘の耳に届いた。自分の声だった。どうやら娘自身が言ったらしいと、気づいたときには男は既に笑っていた。その言葉を待っていたと言わんばかりに。
 ――それならば、お前と共にいよう。
 娘は男に抱き寄せられていた。冷たい身体をなぜか温かいと思った。胸の内が満たされているのを感じて、娘はもしかしてこれが幸せというものなのか、とぼんやりとした頭で思い、男の背に腕を回した。

 数日後。
 山狩りに出た村の男たちは、娘の骸を見つける。
 娘はどうやら自ら首を切って死んでいるようであった。
 傍には朽ちた祠があって、娘の血と思しきもので少しだけ赤く染まっていた。
 どうするか皆で考えあぐねている内に、祠を住処にでもしていたのか、蛇が顔を出した。村人たちを睨め付けるその姿は、奇妙なほどに恐ろしく感じられた。村人たちはさっさと山を下りて、村の長老の家で話し合った。
 きっと娘は罪を犯したことを悔い、神仏に懺悔して自死を選んだのであろうと、そういう筋書きで皆が納得した。
 そのうちに男たちが殺されたのも、物が盗まれていたのも、幼い子供が死んだのも、作物が実らないのも、全てこの娘のせいであったということで、村の困り事は全て丸く収まった。
 妖しの者と結んでいるという噂もあったし、娘の身体に触れることも忌まれて、骸もそのまま放置された。

 たまたま村に立ち寄った僧侶がこの話を聞き、せめて骸を埋めてやろうと祠まで赴いたものの、骸は既にその場所になかったと言う。
 祠にも血の跡はなかったと言う。
 朽ちてすらいなかったと言う。
 ただただ、草庵だけが風に軋んでいたと言う。

(20220607)
事実とは齟齬、相違、矛盾、脚色、推測、誇張等が多分に含まれていますという感じの話

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